入手困難盤復活!! 再評価されるニッポンの名作1000

 

 

 

子供の頃、プロレスが好きだった。

 

 

 

 


それは今でいうところの「昭和プロレス」。

 

 

 

 

 

癖が強いどころか、癖しかないイカつい“大人”たちが、四角いジャングル(リング)で大暴れ。

 

 

 

 

 

その単純明快さは、僕をテレビの前に釘付けにした。

 

 

 

 

 

今でも思い出す数々の名場面・名レスラー。

 

 

 

 

 

世界オープン・タッグ選手権でのザ・ファンクス vs アブドーラ・ザ・ブッチャー ザ・シークの死闘。

 

 

 

 


81年最強タッグ決勝戦でのハンセン乱入。

 

 

 

 


タイガーマスク vs ダイナマイト・キッドとの華麗な空中戦。

 

 

 

 

 

長州力 vs. 藤波辰巳の名勝負数え唄

 

 

 

 

 

第一回IWGP決勝でのアントニオ猪木 vs ハルク・ホーガン(猪木舌出し失神事件)

 

 

 

 

 

今はなき田園コロシアムでのスタン・ハンセン vs アンドレ・ザ・ジャイアント

 

 

 

 

 

などなど、今こうして書き出しているだけでもなんともうっとりしてくる。

 

 

 

 

 

贔屓のレスラーが痛めつけられれば、テレビの前で一緒になって悶絶し、技が決まれば拳を挙げ、雄叫びをあげる。

 

 

 

 

 

都会のもやしっ子代表のような僕にとって、それはもう最高なカタルシス。

 

 

 

 

 

今のようにインターネットのない時代。

 

 

 

 

 

頼るはテレビか雑誌。

 

 

 

 

 

放送を見逃したり、そもそも放送がなかった試合は、雑誌を見てその様子を妄想し、ひとり悦に入る。

 

 

 

 

 

しかし、そんなプロレスに心酔する息子に親は決していい顔はしなかった。

 

 

 

 

 

というのも当時プロレスはゴールデンタイムでオンエアーされる程のキラーコンテンツでありながら、良識ある“大人”にとっては嘲笑の対象だった。

 

 

 

 

 

「あれは最初から筋書きが決まっている」

 

 

 

 

 

「プロレスなんてショーだ」

 

 

 

 

 

「八百長だ」

 

 

 

 

 

そんな言葉を聞く度に「プロレスは絶対真剣勝負だ」と僕は抵抗し続けた。

 

 

 

 

 

そんなある日、テレビ番組に出演していた長州が、司会者から

 

 

 

 

 

「なんでロープに振ったら帰ってくるのですか?」

 

 

 

 

 

といういかにも悪意ある質問をされている場面に遭遇。

 

 

 

 

 

それを見ながら「なんちゅう質問してくれてんねん!!」と憤りつつ、「頼む長州、ここはしっかり答えてくれ」と固唾を飲んで見守った。

 

 

 

 

 

すると長州はこれまたいかにも面倒臭そうに、

 

 

 

 

 

「ロープの反発力は凄くて、あそこで無理に止まろうとしたら、ことによってはアバラが折れます」

 

 

 

 

 

と答え、なんとかその場を凌いた。

 

 

 

 

 

テレビの前の僕は、とりあえず溜飲を下げつつも、一見もっともらしいその答えに一抹の不安を覚えなかった訳ではない・・・。

 

 

 

 

 

「プロレスはフェイクだ」

 

 

 

 

 

それは「プロレスは真剣勝負」と信じる者にとって屈辱以外のなにものでもない言葉。

 

 

 

 

 

でも、その節を感じない訳でもない・・・。

 

 

 

 

 

そんな大人達に心を揺さぶられ逡巡しながら、ある結論行き着く。

 

 

 

 

 

「嘘とか本当ではなく、この胸に去来する熱い思いこそ真実」

 

 

 

 

 

嘘とか本当とかどうでも良くて、要はこの感動こそ真実なんだと。

 

 

 

 

 

今でこそプロレスはエンタメという認識が定着しているが、その当時は一応「プロレスこそ世界最強の格闘技」と謳ってはいるものの、スポーツでもなければ、ケンカでもなく、ショーでもないという微妙な立場。

 

 

 

 

 

そこを引き受けての戦いは、ある意味リアルファイト以上の“真剣勝負(リアリティー)”だったんだと思う。

 

 

 

 

 

そして、その“真剣勝負(リアリティー)”は、技術とともにレスラーの心意気があってはじめて成立する。

 

 

 

 

 

世間の賞賛も嘲笑も全て引き受け戦うプロレスラーは、誰がなんと言おうと世界最強なのである。

 

 

 

 

 

・・・・・ついつい熱くなって、自説のプロレス論を語ってしまったが、ここからが重要な話。

 

 

 

 

 

その後、僕は中学生になり音楽にハマる。

 

 

 

 

 

それはもうプロレス以上のカタルシス。

 

 

 

 

 

レコードやCDを貪るように聴いた。

 

 

 

 

 

中学生・高校生にとってレコードもCDも決して安いものではない。

 

 

 

 

 

当時はラジオを聴いて、雑誌を読んで、レコード屋でジャケットを眺め、逡巡し、ようやく大事な一枚を購入する。

 

 

 

 

 

中には当然ハズレもあるが、とんでもない一枚に出会えた時の感動は筆舌に尽くし難い。

 

 

 

 

 

そんな時、僕は興奮しながら、

 

 

 

 

 

「いったいこのバンドはどんなライブをするんだろう〜」

 

 

 

 

 

「きっとこんなライブに違いない」

 

 

 

 

 

なんてことを現在のようにYouTubeですぐ答えあわせが出来ないので、ただただ妄想する。

 

 

 

 

 

よく考えてみれば、ミュージシャンのリアルファイトがライブだとすれば、レコードやCDはある意味フェイクとも言える。

 

 

 

 

 

そもそもステレオなんて不自然だし、モノラルだってそれぞれの楽器のバランス(音量・EQ)を調整し、コンプだってかける訳で決してリアルなものではない。

 

 

 

 

 

でも自分が好きなレコードやCDを聴くと、そんなことはまるっきり関係なく、僕はライブを感じる。

 

 

 

 

 

それは別にライブレコーディングとか一発録りとかのライブ感(リアル)ではない。

 

 

 

 

 

それはメロディー、歌詞、演奏、音、全てが混ざりあった時に生まれるリアリティー、つまりそこにリアルファイト以上の“真剣勝負(リアリティー)”があるからなんだと思う。

 

 

 

 

 

中にはメロディー、歌詞、演奏、音、一つ一つは良くても、一緒にドンと出された時、全くなにも感じないものもある。

 

 

 

 

 

一方で一つ一つはショボいのに、一緒にドンと出されると最高なものもある。

 

 

 

 

 

そう考えると、僕にとって音楽を決定づける重要なファクターは心意気であり、つまるところリアリティーとはその人間の心意気なのかもしれない・・・。

 

 

 

 

 

そんなことを今回お手伝いさせて頂いた『入手困難盤復活!! 再評価されるニッポンの名作1000』の67枚の“真剣勝負(リアリティー)を聴きながら思ったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 


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